子、いわく…

夢うつつのところ、ベッドから引きずり出されて、
今朝もレッスンに行って来た。

先生は、

「ねこきちさん、力入りすぎ」

という。

ゴルフは振り子運動であるべきだが、
私は昔むかし大昔、
軟式(軟弱式)テニスをしていたからか、
インパクトの時(打つとき)つい、
「えいっ!」っとなってしまう。

「えいっ!」っと力が入ると、あらぬ方向へ飛んだり、
逆に、トップして(ボールの頭を叩いて)、
ぽってんころころ…と、冗談みたいに飛ばないのだ。

だめだめ!
もっとこう、柱時計みたいでないと…。

柱時計の振り子は、
最下点で「えいっ!」などとならない。

力を抜くことは大切だ。

池谷先生は本の中で、
孔子の『論語』の一説をひいて、

「70歳くらいになれば、自分の思い通りに生きられる」

といっていた。

「先生(孔子)が言われた。
『私は15歳で学問を志し、30歳で自立して、
40歳にして惑わず、50歳になると天命を知り、
60歳にして自分の耳に従い、
70歳にして、自分の心のままに行動しても、人としての道を踏み外すことがなくなった』」
(子曰、吾十有五而志乎學、
三十而立、四十而不惑、
五十而知天命、六十而耳順、
七十而従心所欲、不踰矩)

「向かいたい」ところが、
「向かうべき」ところであるというのは、理想的だなぁ。

できうれば、ゴルフの腕も…(笑)

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柄タイツNG

元同僚の新しい職場では、
服装について、ことこまかに規定されているそうである。

その子が、

「ミュール、ブーツ、柄(がら)タイツもNG」

というとみんなが、

「ミュールはわかる」と頷いた。

「普通に歩いてても脱げそうで危ないし、
あれって簡単にいうと”つっかけ”だから、
仕事向きじゃないよね」

「でも、ブーツのどこが悪いの?」

「さー?」

「足首が固定されてて、かえって歩きやすいのにねぇ」

「要するに、『ファッションを前面に出して働くな』ってことじゃない」

「はー」

だれも納得しない。

「…にしても、柄タイツNGって…」

みんな、「しーん」と無言なのである。

「だってさ、『柄』って、どこからが『柄』よ?
無地の小さいダイヤ柄もダメなの?」

「さー?」

問い詰めたら結局、
「常識の範囲!」とかいわれるんだろう。

どっちみち、おじさん達が決めたんだろうなぁ。

ファッションは、
簡単にルールブックに載せられるほど、
単純じゃない。

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記憶のいろいろ

記憶というのはつくづく、
身勝手で、面白いものだなぁと思う。

夫と、昔行った旅行の話などしていると、
何日目は、午前中にどこを観光し、
午後は何時ごろ解散して、
翌日のお昼はどんなレストランで何を食べ、
バスを降りてからどのへんで、
教会の鐘が鳴った、ということまで、
彼は淡々ともれなく、
まるで「旅のしおり」を丸暗記したみたいに覚えている。

私はそういうスケジュール的なことは、
ほとんどぜんぜん覚えていないので、
そういわれてもぽかんとして、
「へー、そうだったっけ?」といい、
「ほーら」と写真を見せられて、
「あー、ほんとだ」とあっさりいう。

その代わり、印象に残った場面というと、
例えばフィエゾレの丘で、
添乗員さんが夕日を横から受けて立っていた時の、
まぶしそうな横顔はもちろん、
サーモンピンクのワンピースの上から、
肩にかけたショールのはためき具合、
レストランのざわめきや、
そのときの湿度というか空気感なども、
手に取るようにありありと思い出すことができる。

おんなじ体験をしても、
覚えていること・ものが違う不思議に、
いつも驚いてしまう。

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アンチが出てくれば

「ムギ畑」を取材した記事で、
「すごい人だなぁ」と、
勝間和代さんを知ったのが8年くらい前。

ここ数年で、あれよあれよという間にメジャーになって、
いまや日本国中で彼女を知らないのは、
サザエさん一家くらいになった。

経済評論家としてだけでなく、
書く本書く本が売れに売れ、
彼女をロールモデルとして信奉する20~30代を、
「カツマー」と呼ぶそうだが、
ここへ来て「アンチ・カツマー」が登場してきたそうだ。

「何もかも勝ち組の勝間和代を目指さない、
身の丈にあったシアワセを」と推奨する精神科医・香山リカさんや、
「情報は一冊のノートにまとめなさい」の著者、
奥野宣之さんなど。

「アンチ」の理由はそれぞれ、
「『失敗するのは本人のせい』と強く思い続ければ、
神経症など病的な状態に追い込まれてしまう」
とか、
「(デジタルIT機器を駆使する彼女に対し)アナログのよさを提唱する」

アンチ・巨人
アンチ・イチロー
アンチ??……

「アンチ」が出てくれば、
一流だなぁと思う。

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何十分(なんじゅうぶん)の一の秋

今日もまたみごとな夕焼けだった。

夫が西側の障子を取り外して全面窓にしたので、
マンションの南の窓から西の窓まで、
180度とはいかないけど、
ぐるーり150度くらいのパノラマ。

灰色の雲が長々と横たわる下を、
さっき沈んだ真っ赤な太陽が、
濃いオレンジに染め上げて、
その合間に、飛行機のライトが、
ピカピカ光って見えた。

秋の夕焼けはいつもドラマティックだ。

人生は長いように思えて、
秋という季節や、11月という月はというと、
80年くらい全部生きたとしても、
80回くらいしか経験しない。

80回というと、
ご飯を食べたり、歯を磨いたり、
電車に乗ったり、
メールを打ったりすることに比べて、
なんて少ないんだろう。

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木枯らし一号

昨日の途中から、一気に寒くなった。

オフィスビルを出ると、
ひゅお~、ひゅおおおおお~と、
風が落ち葉を抱きこんでくるくる舞い、
みんな「きゃー」といいながら、
慌てて薄手のコートやカーディガンの前を閉じて、
でもなんか楽しそうなのである。

工場のMさんが電話をかけてきて、

「ぼく、落ち込んでますねん。
納期トラブって……。
部品メーカーいうたらね、
不具合の理由わからんいいよりますねん、
わかってるくせに。
八方ふさがりですわ」という。

「だからお祓い(はらい)行こうと思てますねん。
伊勢神宮あたり。

伊勢神宮やったら日本で一番古いし有名やし、
ご利益ありそう思いません?

そこで赤福食って、××して、○○も行って……」

Mさん、
どう訊いてもあんまり落ち込んでないよね?(笑)

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講演会「脳はわたしのことをホントに理解しているのか」

あこがれの(?)池谷裕二先生が近くにこられたので、
講演会に行って来た。

どういう人たちが来るのかと思っていたら、
女子大生みたいなのから白髪のおじいさんまで、
老若男女いろいろ取り揃えて実に多彩、
ふーん、こういう人たちが「脳」に興味を持っているんだナァ。

池谷先生は書物で想像していた通り、
とてもフレンドリーで、
やっぱり「難しいことをわかりやすく」説明してくださり、
何にでも前向きで、楽しそうだった。

何がすごいかというと、
最先端の科学に携わる学者でありながら、
まったく偉ぶったところがなく、
とても常識的で、ホストにも聴衆にも気配りなさる、
その人間性の幅広さに感服してしまう。

ホスト役の内田樹先生(神戸女学院大学教授)によれば、
脳科学の分野で、
学術論文に載せてはいけないとされている学者が3人いて、
養老孟司氏、茂木健一郎氏、そして池谷裕二氏だそうだ。
(人気があるからやっかみだよね)

内田先生が話好きなので、
若干、ホストとゲストが逆転している感があったけど、
おもしろかったし、もっと訊きたかった。

内容についてはまた次回……。

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新しい業務

最近他の部署から移ってきた人が、
社員としての経歴は長いのに、
与えられた守備範囲の、
まだ一部しかやっていない段階で、
「もうムリ」とか「担当を替えてもらいたい」とか、
あっさり白旗を揚げるから、
前任者が、いつまでも引き継ぎを終えられなくて、
途方に暮れている。

私は、仕事は「押し付けあう義務」ではなくて、
「奪い合う権利」だと思っているので、
「え?いらないの?じゃ、もらっちゃうよ」という訳で、
その人が放棄した担当を、
新しく持つことになった。

新しいことをするのはいつも面白い。

新しい人との出会いがあるし、
新しい発見をする一方で、
新しい「いやなこと」が出てくるだろうし、
新しいことで失敗して、
新しく後悔するだろう。

でも、新しいことをするのはやっぱり面白い。

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ヨッパライ

送別会があって夜遅い電車に乗ったら、
遅いから、すいているかと思いきや、
右も左もヨッパライだらけだった。

会の中でお酒の席の武勇伝になると、
向かいの席の人たちが伸び上がって、

「だまれだまれ、オレがしゃべる」

餌に群がる鯉みたいに、
折り重なって話そうとする。

みんな時々、
酔っ払って記憶喪失になりたいらしい。

また別の場面で、よその課の上司が、
途中までグチって、

「あ、やっぱやめとこ。
あんまりいわんとこ」

オイコラ!

そこまでいったら最後まで言えよ、
よその課の上司!

あれ~、クダ巻いちゃって、
私もヨッパライ?(笑)

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霜月(11月)の頃

窓から見える木々も色づいて、
少しずつ秋が深まってきた今週はじめ、
朝、なんとなく寒々しい空を見て、
スープをすすりながら夫が、

「なーんか、もう冬みたい」

とベソをかいていた。

私は夏生まれだからムリもないけど、
夫は冬生まれのくせに、同じように冬に弱い。

冬に弱い人というのはちょうど今頃、
日、いちにちと、
太陽が少しずつ南へ去っていくのを、
心細い思いで見送っている。

夏のよいところは、
朝早くから明るくて、
夜遅くまで陽が沈まず、
昼の時間がたっぷり長いことだ。

冬のよいところは、
とっとと暗くなるから、
ホットカーペットの上で、
普段見ない長編映画にひたれるくらい、
夜の時間がたっぷり長いことと、
昼の短さを穴埋めするみたいに、
太陽が、部屋の奥深くまで差し込むことだ。

いずれにしても、12月までくれば、
あれこれ忙しくなって心細さも飛んでしまう、
年が明ければこっちのものだ。
いくら寒くても、お日様はまた北半球へ戻ってくるから。

そう自分に言い聞かせながら朝の駅に向かう毎日。

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