値段というのは、需要と供給の力関係で決まる。
もちろん、それが物品であれば、材料のような原価に人件費を含む製造コスト、
利益などを上乗せして売る側が、「最初の値段を決める」わけだけど、
市場に出た途端、競争にさらされ、
例えば100円で売り出したものも、残念ながら100円の価値がないと判断され、
ちっとも買い手がつかなければ値を下げざるを得ない。
逆に200円出してでも欲しいという人が大勢いれば、がっぽり利益を得ることができる。
こうして、「値段を決める」のではなく、「値段が(自然に)決まる」のである。
それが資本主義市場の原理なのである。
…という、イラストだらけの超初心者向けの本を電車の中で座って読んでいたら、
立っていた人が上から一緒に読んでいたらしく、降りる時、「すみません、それ、なんていう本ですかっ」と勢い込んで聞かれたことがあった。
「単価1000円で買った株の値が下がって700円になり、仕方なく売ったとき、差額の300円はどこへ行くのか?」と複数の人に聞かれて答えられなかった。
昨日、銀行マンの友達とメールする機会があったので尋ねたところ、
「損したお金がどこに行くか、とかそういうことじゃなくて、1000円で買った人が、その次の人に700円で売るってだけ」
という返答。
うーん、わかったような、わからないような。
結局、株には原材料費はかかっていないので、それこそ需要と供給曲線次第ということか。
その曲線が、以前は1000円のところで交わっていたのが、今は700円で交わっており、将来1200円になる可能性もなくはないが、300円になる可能性もある。
つまり、「現在の評価額いくら」といいながら、やっぱり、売買契約をした時点で、全部払ったと考えた方がわかりやすい。
売るときいくらになっているかは、金融や世界情勢の勉強と、時の運。
これまでに集めた金融に関する金言の数々は下記の通り。
■「お金は、知識のない人から、ある人へと流れる」
堅実な投資は「いかに儲けるか」ではなく、「いかに損をしないか」である。ただし、さほどのリスクも取らずに平均4%~5%で殖やせる資金を、知識がないために、わざわざ0.3%の商品に預けておくことは“損をしている”ことと同義である。
■「真実は小声で語られる」
投資の世界に“絶対”などというものはない。もしあるとしたら、プロが誰にも口外せずに黙って実行している。おいしいだけの儲け話は存在しないのだ。「わずかな経験と資金で大富豪に!」といったたぐいの本にはだまされないこと。真実は小声で語られる。高笑いした一握りの人の陰には、その数十倍、数百倍の損に泣いた人たちが必ず存在する。たいした知識もなく、大きく打って出ることはギャンブルと変わりない。
■「愚者は経験からのみ学び、賢者は歴史から学ぶ」
すべての法則を自分ひとりで見つけようとしないこと。ひとりの人間が経験できることは知れている。すでにみんなが了解していることを、わざわざ体当たりで学ぼうとすれば、泥をかぶるばかりか、七転八倒しているうちに人生そのものを棒に振りかねない。金融もしかり。先人の言葉には従おう。
■「ウサギはカメに追いつけない」
“複利”というのは利子が利子を呼ぶしくみである。金融投資は早ければ早いほうが、運用期間は長ければ長いほうがよい。また、資産運用は金持ちだけがすることではない、金持ちは少々の財産を失ってもどうということはないかも知れない、一般人こそが賢くなるべきなのだ。
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